|
|
|
|
【5】 |
|
|
|
――クトゥグア。
『旧支配者』と呼ばれる神の一柱。その存在はあまりにも高位で純然。それがゆえにその力を物質界に投影したとき、純エネルギー体として顕現する。最も多い形態は超高熱。 アイオーンの魔杖が放つのもそれだ。この形態で招喚された神の力の一片は、辺り一帯を根こそぎ灼き尽くし、浄火する。
その結果が――
「無に、還れ」
この景観だ。遥か後方まで抉り取られた大地。その傷痕は光沢を帯びたガラス状。――融解したのだ。無論、この一撃を受けて無事な存在などいるはずがない。敵は少女の宣言どおり、塵一つ残さず消滅した。
「……終わったな」
戦いを終えた少女が安堵のため息をつく。全身の力を抜き、操縦席のシートに身を預ける。不条理なことに魔導書もまた疲労を覚えるらしい。
緊張に強張っていた顔の筋肉が緩んだ。ふっ……と、少女は初めて微笑を浮かべる。それは実に少女らしい、可憐な笑顔だった。
「よく踏ん張ってくれたな、我が主……」
そのとき、アイオーンが持つ魔杖が無軌道な魔術文字の羅列となって解けた。意味を失った魔術文字はやがて字祷子のレベルに分解されて散ってゆく。
術を解いたのではない。独りでに解けたのだ。
「……主?」
返事は無い。重い沈黙だけが返る。少女の顔に一瞬、苦いものが浮かんだ。
ここからではもう一つの操縦席の様子はうかがえない。少女は自らの躰に軽い魔力付与を施し、主の元まで一足飛びに跳躍した。
少女がすぐ近くまで寄っても、彼女の主はまったく反応しない。少女の貌が無表情に凍る。
死んでいた。
外傷らしい外傷は無い。ただ右目から一筋の血涙を流し、倒れていた。
行使した魔術の代償であり、おぞましい悪夢を目の当たりにした代償でもあった。恐怖と狂気がついにその命を奪ったのだ。狂死である。
「…………」
少女は無表情なまま、主の骸を見下ろしていた。
何も珍しいことではない。邪神の下僕と戦う人間の大半は、似たような末路を辿る。彼女自身そんな人間を何人も、数え切れないほど見届けてきた。
骸のすぐ側、フラスコが床に転がっていた。肌身離さず持ち歩いた火酒。それが宇宙的恐怖と戦い、世界を救った英雄が縋った、最後の正気だった。
薄っすらと開かれたままの瞳を、少女はそっと閉じてやった。その貌はやはり無表情なままだ。無表情を鎧ったまま少女は一言、
「大儀であった」
と自らの主を労わった。
|
|
|
|
|
|